「また12年か」――。
1995年に関学ラグビー部の仲間と最初の会社を起業した時、まさかこんな規則性に気づくことになるとは思いませんでした。
あの頃、ダイヤルアップ回線で「ピーヒョロロ」という音とともにインターネットに接続していた私たちが、今やAIと対話しながら仕事をしている。
振り返ってみると、人類の生活を根底から変える大きな波が、偶然にも干支が一巡するたびに押し寄せてきていることに気がつきます。
プレリュード:1984年という予兆
12年周期を語る前に、ひとつ思い出すべき出来事があります。
1984年1月22日。リドリー・スコットが監督したアップルのスーパーボウルCMが放映され、IBMの独占に風穴を開けるイメージが世界に刻まれました。
あのハンマーが投げ込まれた瞬間、テクノロジーの物語は「大企業の支配」から「個の自由」へと舵を切ったのです。
振り返れば、これがインターネットやスマートフォン、AIへとつながる大転換の前奏曲だったのかもしれません。
第1の波:1995年 「世界」が家にやってきた
インターネットが家庭に入り始めた1995年。当時の興奮は今でも鮮明に覚えています。
それまで図書館に行かなければ調べられなかった情報が、自宅のパソコンで瞬時に手に入る。遠く離れた友人とリアルタイムでメールのやり取りができる。
そして何より、個人でも世界に向けて情報を発信できる――この「情報の民主化」は、私たちの日常に革命をもたらしました。
楽天やAmazonといったECサイトが登場し、「買い物に出かける」という行為そのものが変わり始めたのもこの時期。まさに生活の基盤が音を立てて変わっていく瞬間でした。
第2の波:2007年 手のひらに「魔法」が宿った
そして2007年、スティーブ・ジョブズがポケットから取り出したiPhone。あの瞬間から、私たちの生活はまた大きく変わりました。
「常時接続」「常時カメラ」が当たり前になり、思い立った瞬間に写真を撮り、世界中の人とシェアできる。電車の中で暇つぶしにSNSを見る。道に迷っても地図アプリが案内してくれる。気になったことがあればその場で検索――。
スマートフォンは単なる通信機器を超え、私たちの「外部脳」のような存在になっていきました。FacebookやTwitter(現X)、Instagramといったプラットフォームが、人とのつながり方そのものを変えてしまったのです。
第3の波:2019年 AIが「思考の相棒」になった
2019年、OpenAIがGPT-2を発表(※正確には2月の初回リリース、11月に完全版を一般公開)。多くの人がまだその重要性に気づいていなかったかもしれませんが、これが現在につながるAI革命の出発点でした。
言語AIが私たちの「思考の相棒」として登場したこの変化は、前の2つとは少し性質が違います。インターネットやスマートフォンは「情報へのアクセス」や「コミュニケーション手段」を変えましたが、AIは「考える」プロセス自体に入り込んできた。文章を書く時、企画を練る時、悩みを整理する時――AIが思考のパートナーとして隣にいる時代が始まったのです。
第4の波(予測):2031年「偶然」が消える日常
さて、干支が再び一巡する2031年。次はどんな変化が待っているのでしょうか。
私の予想は量子コンピューターの実用化です。まだ研究室レベルから脱却したばかりで、一般家庭に普及するのは2040年代でしょうが、その「芽」が2031年に顔を出し、人類の行動様式を根底から変え始める――そんな転換点になると考えています。
「計算」の概念が変わる
従来のコンピューターは、膨大な計算でも結局は「0と1」の組み合わせを順番に処理していました。しかし量子コンピューターは、無数の可能性を「同時に」計算できる。これは単なる「処理速度の向上」ではなく、問題解決のアプローチそのものが変わるということです。
薬物開発では、何万という分子の組み合わせを同時にシミュレーションし、新薬開発期間が10年から1年に短縮されるかもしれません。
気象予測では、現在は1週間先すら曖昧な天気が、1ヶ月先まで正確に予測できるようになり、農業や物流の計画が根本的に変わるでしょう。
交通最適化では、都市全体の全ての車両、歩行者の動きを同時に計算し、渋滞という概念そのものが消失する可能性があります。
「秘密」と「信頼」が再定義される
最も劇的な変化は、現在の暗号化技術がすべて無意味になることかもしれません。
銀行のセキュリティシステム、国家機密、個人のプライバシー保護――これらすべてが「量子コンピューターがあれば瞬時に解読可能」になったとき、私たちの社会はどう対応するのでしょうか。
きっと「秘密を守る」という概念自体が変わり、信頼関係の築き方、ビジネスの進め方、さらには恋愛の仕方まで変わってしまうかもしれません。
「偶然」と「運」の価値が変わる
そして最も興味深いのは、人間の意思決定プロセスの変化です。
現在私たちは「とりあえずやってみよう」「運に任せよう」という判断をすることがありますが、量子コンピューターが「全ての可能性とその結果」を瞬時に計算できるようになったとき、まだ私たちは「えいやっ」と飛び込む勇気を持てるでしょうか?
「失敗」や「予想外の展開」が計算で予見できるようになったとき、人生の醍醐味は何に変わるのでしょう。
私たちは変化の渦中にいる
1995年、2007年、2019年――そして2031年。
こうして振り返ってみると、技術の進歩は決して一直線ではなく、まるで波のように押し寄せては私たちの生活を一変させてきました。そして今、私たちは次の大きな波の直前にいるのかもしれません。
重要なのは、この変化をどう受け止め、どう活かすか。AIと共に歩む未来で、私たちはどんな社会を築いていくのか。それを決めるのは、技術そのものではなく、技術を使う私たち人間の選択なのです。
2031年の自分は、今日の自分をどう振り返るでしょうか。きっと「あの頃は面白い時代だったな」と微笑んでいるに違いありません。